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英語ができないと将来困る?そんな不安について

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英語ができないと将来困る?そんな不安について

「英語ができないとあなたのお子さんは将来こまるんですよ!」
そんなことを誰かに言われているような気になったことは、ありませんか?

英語ができないと将来不幸になる、ということはありえません!が、世の中にこういう思い込みが広まっているように感じます。今回は、漠然とした「不安」を三つに分けて、一つずつ見ていきます。

① 英語ができないと「国際人」になれない!

→そもそも「国際人」って何でしょう??

「国際人」という言葉は大人気。とくに、学校が宣伝で「お子さまを立派な国際人に育てます!」と言っているのはよく見かけます。たくさん見ていると、「ああ、これからの時代国際人にならなきゃダメなのか…」という気分になってしまいます。

でも、そもそも「国際人」ってなんでしょう?この定義自体がとても曖昧です。ある学校は「英語教育に力を入れています」。これなら「英語がしゃべれる」ということ。ある学校は「留学を必修カリキュラムにしています」。これなら「海外で生活できる」ということが国際人。

それなら、アメリカやイギリスにたくさんいる、英語はネイティブだし生活しているし、だけど知識や教養、能力があるわけでなく、活躍しているわけでもない…そんな人も「国際人」ということになりますね。けれど、本当に熱心に教育した結果、そうなって欲しいのでしょうか。

また、英語を話さない人だって世界にはたくさんいるわけです。英語は使わずとも、中国語やロシア語、もしくは少数部族の言葉を使って日本と橋渡しをする方が、「国際的に活躍」してるといえるでしょう。

もっと根本的な話をすると、人生を完全に日本の中だけで過ごすことだって、子供本人には十分「幸せ」なのかもしれません。日本人とだけ付き合い、日本の中だけで責任を果たして仕事をし、娯楽で海外の情報が欲しかったら翻訳されたものを使う。それって、「不幸」な人生でしょうか?そうではないはずです。「英語覚えて国際人になりなさい!」と熱心に教育したは良いけれど、本人は日本の中で幸せを感じるタイプだった、そのようなケースもありえます。

大げさに言ってしまうと、私にはこの「国際人」という言葉が、ある種の呪いの言葉のように聞こえます。「国際人」にならないとこの先は不幸になりますよ、という漠然とした不安を煽り立てて、「うちの学校に来てくれれば国際人教育するからね⭐」と誘導する手口のように思えます。

曖昧な「英語を話して国際人にならないと子供は不幸になりますよ!」という呪縛からは離れて、私たち大人は「子供本人が幸せな人生を送れるように」考えていきたいものです。

英語ができないと、社会に取り残されてしまう!

→有利にはなるだろうが、そのために幼少からネイティブを目指す必要はない

楽天などの大企業では英語が公用語になったり、外資系企業ではTOEICのスコアが求められたりしています。英語が武器となる局面は、確かにたくさんあります。何より、オフィスで外国人と「ペラペラ〜!」と英語を話す姿に憧れた方は多いでしょう。

だから、「ペラペラ〜!」ができないと社会人として働けないのでは、社会に取り残されちゃうのでは??? そんな不安を抱えた人があまりに多いと感じます。「英語社会に取り残されるな!」という英会話教室の宣伝、多いですね。そして、「我が子が将来活躍するであろう場所」を想像しろと言われると、そんなこともあり得るかもしれない、と思いたくなります。

それでは、仮にこんな人がみなさんの仕事場いたら、みなさんどう思うでしょう? 子供の将来活躍する場所、ではなく、自分の職場に、です。

英語ペラペラの英夫くん(仮名)。幼少期からずっとアメリカ育ち。英語を話すことは完璧。読むことも全く困らない。もちろん、ネイティブの言うこともきちんと理解できて、しっかりと話せる。時間や約束は守るし、身なりもきちんとしていて「いい子」ではある。常識はちゃんとある。上司の指示にも従う。

だけど。社会やビジネスの知識はない。学んだこともなければ興味もない。言葉は話せても、世界の動きは全くたどれていない。やはり、興味がない。だから、仕事場に外国人がいる場面でも、結局力になることはない。また、上司の指示に従うことはできるが、「決断」ができない。決断が必要な場面になると、何をしても失敗する気がして、どうすれば良いかわからなくなってしまう。なので、やがて社内でも「決断力も英語もいらないような」簡単なお仕事しか振られなくなっていった。

この「英夫」くん、自分が憧れるでしょうか。もしくは、お子さんに「英夫くん」のようになってほしいでしょうか。

英語はあくまで「一つの武器」であって、「ビジネスの根本」ではありません。ビジネスで活躍するには、「知識がある上に正しい判断がしっかりできる」ということ。東洋経済オンライン2014年7/14の記事には、このようなことが書かれています。

結局のところ、英語力よりも大切なのは、「俯瞰的な視点を持っていること」、「物事の考え方がしっかりしていること」、「大局的な判断ができること」なのです。私の経験談はグローバル経済という言葉が一般的になる前の話ですが、グローバル経済が叫ばれる昨今では、これらの能力の必要性は、より高まってきているのが確実なのです。

引用元:【東洋経済オンライン】

社会で活躍し、判断ができる大人になるためには、知識と思考力です。決して幼少から焦らせて英語を詰め込むことで、身につくものではありません。むしろ幼少期は、子供の好奇心と自信を大事にして、「自分でがんばってこれだけのものが身につけられたんだ!」という経験と喜びを存分に味わって欲しいと思います。 (もちろん、英語をがんばって勉強した結果自信につながることは、とてもすばらしいことです!)

英語ができないと受験競争に勝てない

→受験のためなら付け焼刃勉強で十分

受験に勝つために幼少から英語を学ぶ必要は、ありません。確かに、大学受験では、理系でも文系でも必ず、英語がついてきます。物理や化学のように、苦手だからパス、というわけにはいきません。しかし、受験をパスするためなら何も幼少から学んでバイリンガルになる必要はないのです。

受験英語は、なんといっても「5文型と単語を体で覚える!」これに尽きます。私の教わったスペイン語の先生は、高校3年の秋か冬まで英語ができなかったにもかかわらず、5文型をおさえればいいというシンプルなことに気づき、一気に英語で点が取れるようになったそうです。それで外国語に強い某有名私大に入学しました。実業家の堀江貴文氏は、あまり成績は良くなかったそうですが、ひたすら単語を覚えて東大に合格し、高校の先生をびっくりさせたそうです。

ネイティブの英語力とはかなり違ってしまいますが、こういう「シンプルに点を稼ぎ、情報を得るための英語力」も、れっきとしたスキルだといえます。幼少から教わった英語よりも、もしかしたらビジネススキルとしては価値があるかもしれません。

非常に蛇足ですが、私自身の体験も書くことにします。私は留学・帰国経験はないですが、中学・高校は英語ばっかり勉強していました。いわゆる「英語バカ」でした。(やることが中一からずっと同じ、ように感じられたので、やりやすかったんですね。よく考えたら先生がほぼ同じだったから、かもしれません。)読書しないわけではないし、現代国語はまあ大丈夫だろう、とたかをくくっていました。なんと高校3年生になるまで、古文と世界史は全くの手つかずでした。やっと「本気で勉強するぞ!」というスイッチが入った高校3年生で、すでに授業では第一次世界大戦が始まっていて、パニックになりました。

英語ではコンスタントに点数は取れましたが、帰国子女枠でない一般枠の人が英語だけで突破できるほど、受験は甘くありません。結局、とてもくやしい思いをしました。(その後入った大学で、時間が経ってから楽しく勉強できるようにはなりました。英作文と英会話の力はそこでかなり鍛えられました。今はとても感謝しています。)

という、私の体験談もふまえると。
「英語だけやっててもしょうがないんだよ!」
これにつきます。

「英語が話せないと将来不幸になっちゃいますよ!」

この謳い文句は、英会話教室の商売としてはとってもオイシイもの。だけど、私はそんな気持ちで焦って英語を学ぶ・学ばせることはなんとしてもやめてほしい!切に願います。

まとめ:英語は人生を楽しくしてくれるツール!呪いのツールじゃない!

英語は、必須スキルでも「身につけないと呪われる」ツールでもありません。自信をくれて、人生を楽しくしてくれるものです。外国人と話せたら楽しいですし、外国語の歌が歌えたら嬉しい気分になります。大人になれば、しっかりとビジネススキルを身につけた上で英語ができれば、強みになります。私は英語をそんな、人生を豊かにするものとして捉えていますし、windyに来る子供にも人生を豊かにしてもらいたいと、考えています。

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